覚悟の選択

最愛の家族の死に直面した時「どんな形でも生きていてほしい」と思うことは身勝手でしょうか


でも、延命措置を望んでいないことを以前に本人から聞いていたらどうでしょう


自分の悲しみより本人が望む方を選ぶことが後悔のない選択だと考えます





私より先に逝ってしまった主人とは生前に、万が一の場合の治療や手術の話しを笑いながら、でも真剣に話していました


でも、悲しくもその覚悟の選択が現実になってしまいました




意識のない入院中でも家族に出来ることはあります…


*思い出を語ったり

*本人の好きな話題を話したり、曲を流したり

*見守る家族が仲良くしていること


家族だからこそ出来ることがあります




義理の母の場合、最期まで自力で寝返りも出来ず、チューブをつなぎ過ごした歳月は延命治療という名の拷問だと思えました


しかし、苦痛を緩和する医療は積極的にしてほしいと願いました(それは、最期まで穏やかに過ごしてほしいとの願いしかありません)


生命力のある段階では諦めることはなく、出来るだけ不快を和らげながらの治療ができればと思います




だれでも人は、必ず死を迎えます



どう死ぬか決めることは出来ませんが、最期までどう過ごしたいか今のうちに語り聞いておくことは出来ます


『本人が望む意思を一番に考えるために』